―― 親族経営で「話したはず」が増えていく理由
話し合っているのに、なぜ前に進まないのか
否定されたわけではない。
怒られたわけでもない。
話し合い自体は、穏やかに終わった。
それでも後日、
「結局、何も決まっていない」
と感じる場面がある。
親族経営の現場では、
この感覚が何度も繰り返される。
この現象は、
誰かの説明不足や理解力の問題として片付けられがちだが、
実際には 会話の構造そのもの に原因があるように思う。
「なぜやるか」の話が、「誰がやるか」にすり替わる
経営の話をしているつもりでも、
会話が進むにつれて、論点が静かにズレていくことがある。
- なぜ今この判断が必要なのか
- どういう状態を目指しているのか
こうした 前提(Why)や設計(Concept) の話をしているはずが、
気づくと、
- 誰がやるのか
- いくらかかるのか
- 今すぐできるのか
といった 手段(How)や担当(Who) の話に変換されている。
どちらが正しい、という話ではない。
ただ、話しているレイヤーが噛み合っていない。
この状態では、
双方とも「話した」という感覚だけを持ち帰り、
実際には 別の話をしたまま別の結論を想定している。
衝突は起きないが、合意も生まれていない
親族経営の話し合いでは、
露骨な衝突が避けられることが多い。
それ自体は悪いことではない。
ただし、その結果として、
- 反対もされない
- しかし賛成もされない
- 議論は深まらない
という状態が常態化することがある。
その場は丸く収まる。
空気も悪くならない。
だが、
論点が届いていないまま終わる
という形で、会話が空転する。
「否定されなかった」ことと
「理解された」ことは、まったく別だ。
「話したはず」という合意が量産される理由
こうした会話が積み重なると、
組織の中には曖昧な合意が増えていく。
- 自分はこういうつもりで話した
- 相手は別の前提で受け取っている
そのズレが表面化するのは、
しばらく時間が経ってからだ。
その頃には、
「そんな話は聞いていない」
「そういう意味じゃなかった」
という言葉が交わされる。
ここで初めて、
話し合いが成立していなかったことに気づく。
話し合いが機能しないのは、能力の問題ではない
ここまで見てきたように、
話し合いが機能しない原因は、
- 誰かが怠けているから
- 誰かが理解できていないから
ではない。
会話の前提と役割が共有されていない構造
そのものが、話し合いを空転させている。
だから、
丁寧に説明しても
回数を増やしても
改善しないことがある。
これは個人の問題ではなく、
組織の設計の問題だ。
そう捉えられたとき、
ようやく「話し合い」に期待しすぎないという
現実的な視点が生まれるのだと思う。
※本記事は特定の人物・企業を批判するものではなく、
親族経営・事業承継の現場で起きやすい
会話構造の問題を整理したものです。
※現在、親族経営や事業承継の現場で使える
思考整理用のメモやチェックリストを準備中です。

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