なぜ後継者は“理解”まで背負ってしまうのか

話が通じない会社で、消耗しないための線引き


話が通じないとき、後継者は自分を疑う

話し合いが機能しない。
誰も反対していないのに、何も決まらない。
優しく聞いてくれているはずなのに、前に進まない。

そのたびに、後継者は自分を疑う。

伝え方が悪かったのかもしれない。
説明が足りなかったのかもしれない。
もっと具体例を出せば理解してもらえたのではないか。

そして、もう一度説明する。

それでも届かない。

ここで消耗が始まる。


本当に「理解されるまで」が責任なのか

一度、冷静に考えてみたい。

本当に「理解されるところまで」が、あなたの責任だろうか。

後継者が背負うべきものは確かにある。

会社の方向性を決める責任。
優先順位を明確にする責任。
結果を引き受ける責任。

しかし、いつの間にか別の責任が紛れ込む。

全員が納得すること。
全員が同じ温度になること。
全員が腹落ちすること。

それは、本来の責任の範囲を越えている。


「OSの違い」が話を噛み合わせなくする

多くの場合、原因は能力ではない。

会社を“広場”と見る人がいる。
意見が並列に存在し、誰もが自由に発信できる場。

一方で、“矢印”と見る人もいる。
意思を統一し、方向を定め、外部へ一つの出力をする存在。

この前提がズレたまま話し合えば、
どれだけ時間をかけても完全な理解には至らない。

理解力の問題ではない。
見ている景色の階層が違うだけだ。


「理解されない=失敗」という思考の罠

後継者が一番消耗するのは、

理解されないことを
自分の失敗だと解釈してしまうことだ。

理解されない
= 説明不足
= もっと努力すべき

この回路に入った瞬間、終わりがなくなる。

しかし、

理解されないことと、
正しくないことは同じではない。


背負うのは“結果”だけでいい

組織を前に進めることと、
全員の気持ちを守ることは、同じではない。

親族経営では特に、この二つが混ざりやすい。

家族だから。
関係を壊したくないから。
波風を立てたくないから。

その優しさが、意思決定を止める。

だからこそ線を引く。

背負うのは、結果だけでいい。
理解されることまで背負わなくていい。

納得されないままでも、
方向を決めなければならない場面はある。

それが承継期の現実だ。


線を引く覚悟が、消耗を止める

話が通じない会社で、
消耗し続けるか。

それとも、責任の範囲を定義し直すか。

後継者に必要なのは、
優しさの量ではなく、線を引く覚悟なのかもしれない。


※本記事は特定の人物・企業を批判するものではなく、
親族経営・事業承継の現場で起きやすい
会話構造の問題を整理したものです。

※現在、親族経営や事業承継の現場で使える
思考整理用のメモやチェックリストを準備中です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました