会社を更新したいと考えるようになってから、次にぶつかったのは、では何から変えるのかという問題だった。
人の考え方なのか。
関係性なのか。
会話の仕方なのか。
いろいろ考えたが、今の自分が最初に手をつけるべきだと思ったのは、話し合いの回数を増やすことではなく、仕事の流れを見える形にすることだった。
その意味で、私は「話し合い」ではなく「仕組み」を作り始めたのだと思う。
親族経営では、仕事の話が仕事の話として進みにくい
親族経営では、仕事の話がそのまま仕事の話として進むとは限らない。
関係性が先にあり、役割だけで話が整理されるわけではない。
本来なら業務として切り分けるべきことが、立場や空気の影響を受けやすい。
上に立つことと、仕事を整理できることは同じではない。
だが親族経営では、その二つが曖昧なまま重なりやすい。
その結果、仕事の課題を仕事の課題として扱いきれず、話し合いをしても論点が定まりにくい。
何を決めるべきかより先に、誰がどう受け取るかが前に出てしまうこともある。
もちろん、話し合い自体が無意味だと言いたいわけではない。
ただ、それだけで構造が変わるとは思えなかった。
現場では、うまく流れているようで流れていないことがあった
実際の現場を見ていると、仕事は一応進んでいる。
みんな動いているし、何もしていないわけではない。
それでも、全体として見ると、順当に流れていないと感じる場面が少なくなかった。
製造ラインのどこかで仕事が固まり、流れが止まる。
仕掛品は大量にあるのに、製品として出荷できるところまで加工が行き届かない。
つまり、現場は忙しい。
だが、その忙しさがそのまま成果につながっているとは限らない。
今振り返ると、問題だったのは、誰か一人の頑張りや能力ではなく、仕事の流れそのものが見えていなかったことだったのだと思う。
問題だったのは、人ではなく「感覚で回る流れ」だった
うまく物が流れているときは、仕事は進む。
だが少し崩れると、どこで何が詰まっているのかが分かりにくくなる。
どの工程で滞っているのか。
何が不足しているのか。
何を先に流すべきなのか。
どこがボトルネックになっているのか。
そうしたことが、会社として見えていなかった。
もちろん、現場には現場なりの感覚がある。
経験のある人ほど、どこを先に動かすべきかを何となく分かっていることもある。
だが、その「何となく」で回る状態は、会社としては弱い。
なぜなら、それは共有しにくく、引き継ぎにくく、再現もしにくいからだ。
誰かが分かっている間は回る。
しかし、その誰かがいなければ急に流れが見えなくなる。
私はそこに、話し合いだけでは埋まらない限界を感じていた。
だから私は、まず「流れ」を見える形にしようとした
他人はいくら言っても他人で、自分の意思だけで変えることは難しい。
考え方も、動き方も、最終的には本人のものだからだ。
だが、会社の流れは変えられる。
少なくとも、見える形に近づけることはできる。
誰が悪いかを考え続けるより、何がどう流れ、どこで詰まり、なぜ止まるのかを見えるようにした方が前に進む。
そう考えるようになってから、自分の中でかなりはっきりしたことがある。
必要だったのは、もっと上手に話し合うことだけではなかった。
話し合いの前提になる流れそのものを、会社として追えるようにすることだった。
何が来て、どこを通り、どこで止まり、何が出荷まで届いていないのか。
そうしたことを感覚ではなく、残る形で持たなければ、この先も同じ詰まり方を繰り返すと思った。
だから私は、話し合いの回数を増やすより先に、仕組みを作る方向に進み始めた。
最初に始めたのは、月の計画と日報だった
私が一番最初に始めたのは、ありきたりではあるが、Excel上でガントチャートを作って計画を立てることだった。
まずは、一か月の生産の目安を共有する。
かなり根っこの部分だが、そこから始めるしかないと思った。
正直に言えば、工程数の多い会社なので、最初から全工程を総合的に計画化するのは難しかった。
だから最初は、重要工程に絞って実施した。
同時に、現場にも一つだけお願いを増やした。
作業日報の記入である。
それまで会社では、出荷の数字でしか生産数を見ていなかった。
つまり、最後に何個出たかは見えても、その手前で何がどれだけ進み、どこで滞っているかはほとんど分からなかった。
だが、日報をつけるようにしたことで、各工程ごとの数量が少しずつ見えるようになった。
まだ十分ではなくても、少なくとも「見えないまま進む」状態からは一歩動けたと思う。
このとき自分が作りたかったのは、立派な管理システムではない。
まずは、流れを流れとして捉えるための土台だった。
仕組みを作ることは、会話を諦めることではない
仕組みを作ると言うと、冷たい印象を持たれることもある。
だが自分の感覚では、それは会話を諦めることではない。
むしろ逆で、会話だけに頼らなくても済む状態を作ることに近い。
口頭で伝えることは必要だ。
現場の感覚も必要だ。
その場の判断が要る仕事もなくならない。
ただ、それだけでは蓄積が残らない。
せっかくの経験も、せっかくの工夫も、人の中にだけ残ってしまう。
承継の中で必要なのは、誰かの頭の中にあるものを、少しずつでも会社の中に残していくことなのだと思う。
その意味で、私が作りたかったのは便利な仕組みそのものではない。
仕事が人に貼りつきすぎず、会社の中に残っていく状態だった。
だから私は、話し合いだけで何とかしようとするのではなく、仕組みを作り始めた。
それは効率化のためというより、この会社を次に渡せる形に近づけるためだったのだと思う。
※本記事は特定の人物・企業を批判するものではなく、親族経営・事業承継の現場で起きやすい構造を整理したものです。
※現在、親族経営や事業承継の現場で使える思考整理用のメモやチェックリストを準備中です。

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