事業承継のことを考え始めたとき、
私はまず、この会社の問題点より先に、
なぜ今まで続いてきたのかを考える必要があると思った。
変えたいことはたくさんある。
直したい部分もある。
実際、現場に入って見える違和感は少なくなかった。
それでも、今ここに会社が残っている以上、
そこには偶然では片づけられない理由がある。
承継の場面では、
どうしても「これからどう変えるか」に意識が向きやすい。
だが本当は、その前に
今まで何によって成り立ってきたのかを理解しなければならない。
それを飛ばした改革は、
ただの否定になりやすいからだ。
多品種小ロットに対応できる体制があった
この会社の強みの一つは、
多品種小ロットに対応できることだった。
大量生産で押し切る会社ではない。
小回りが利き、細かい依頼にも応えられる。
その柔軟さが、取引先との関係を支えてきた部分は大きいと思う。
加えて、小物製品の熱間鍛造という、
地域の中でもあまり多くない設備を持っていたことも強かった。
他社が簡単には真似しにくい工程を持っていることは、
そのまま会社の存在理由になる。
しかも製造工程の一部だけではなく、
社内である程度幅広く工程を持てていた。
だから、外に振るしかない仕事ばかりではなく、
社内で完結できる範囲が広かった。
この「何でもできるわけではないが、ある程度まで中で回せる」という状態が、
会社の粘り強さにつながっていたのだと思う。
現場を回せる人がいた
もう一つ大きかったのは、
現場をある程度任せられる人がいたことだ。
中途で入った社員の中には、
他社で課長職や工場長を経験していた人もいた。
そうした人たちが入ってきたことで、
会社全体が経営的に整理されていたわけではなくても、
現場レベルでは一定の秩序が保たれていた。
これはかなり大きい。
社長や専務が全てを見なくても、
現場が極端に崩れなかったのは、
そうした人たちが実務の中でバランスを取っていたからだと思う。
言い換えれば、
会社の仕組みそのものが強かったというより、
現場で支える人がいたから成り立っていた側面もあった。
単純化された工程と分業が、会社を回しやすくしていた
加工の難易度という意味でも、
この会社には一つの特徴があった。
非常に高度で複雑な加工ばかりではなく、
単加工で終わる工程も多かった。
そのため、地域の人を雇用して、
比較的広く人を受け入れながら回していくことができた。
これは地方の会社としては大きい。
難易度が高すぎる仕事ばかりだと、
採れる人も限られる。
だが、工程がある程度分解され、
役割が整理されていれば、
人を増やして現場を回しやすくなる。
さらに社内では分業が進んでいて、
それぞれが決まった仕事を見ていれば、
全体を見なくても仕事が成立していた。
これは裏を返せば、
キャパを小さく区切りながら回していた、ということでもある。
だが、少なくとも一定の規模までなら、
そのやり方で会社は回る。
そして実際、それで回ってきた。
強みは、弱みの裏返しでもある
ここまで並べてみると、
この会社が今まで続いてきた理由は、
決して一つではない。
設備の強み。
多品種小ロットへの柔軟さ。
工程の広さ。
現場を任せられる人材。
分業による回しやすさ。
どれも確かに、この会社の強さだった。
ただ同時に、
それらはすべて弱みの裏返しでもある。
柔軟さは、属人的な対応の温床にもなる。
分業は、全体が見えなくても回る代わりに、
誰も全体を見なくなる。
現場を任せられる人がいることは、
仕組みがなくても回ってしまう理由にもなる。
だから私は、
この会社の過去を否定したいわけではない。
むしろ逆で、
今まで続いてきたことには理由があると認めたい。
その上で、
その強さが、この先も同じ形で通用するとは限らない
と考えている。
会社の強さを知ることが、承継の出発点になる
承継の場面では、
「何を変えるか」に目が向きやすい。
だが本来、その前に必要なのは、
「何がこの会社を成り立たせてきたのか」を知ることだと思う。
それが分からなければ、
変えるべきものと、残すべきものの区別がつかない。
会社の強さを知ることは、
過去を美化することではない。
これからを考えるための前提を揃えることだ。
私はたぶん、
この会社を変えたいのではない。
この会社が今まで成り立ってきた理由を踏まえたうえで、
この先も成り立つ形に更新したいのだと思う。
その整理を始めることが、
承継の最初の仕事なのかもしれない。

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